ここもロクの小屋
59個目
いつもと同じように過ごしていることに感謝を。
いつもと同じように過ごせるように祈りを。
いつも通りの小話59個目。
「ワープ完了。予定座標に到達しました」
コンピュータの声がコックピットに響く。無機質な響きだが、カオルはほっと体の力を抜いた。
ワープ航法が実用化されてから長い時が経つが、それでもワープは完全に安全なものとなったわけではない。宇宙船の事故の、その大半がワープの前後に起きている。正しい手順を守ってもなお、不測の事態という奴は起こる。今日も無事に終えられたことを、カオルは素直によかったと喜んだ。
「あーやれやれ」
隣の席に座った同僚が背伸びをした。彼もほっとしたのはカオルと同じらしい。気持ちはわかるので、カオルはその行動を咎めなかった。
「なあ」
ほっとしたついでに彼はおしゃべりを始めるつもりであるようだった。まだ勤務中だとカオルは一瞬眉をひそめたが、黙って次の言葉を待った。実際、通常航行中はほぼ自動運転で、会話くらいで危うくなるものでもない。
「こいつさ、もっと愛想があったらいいと思わないか?」
「こいつ?」
「コンピュータだよ。さっきのも、まるでそっけないじゃないか」
こいつが何かわからずカオルは首をひねったが、何かわかってもよくわからずさらに首をひねった。コンピュータに愛想が必要だなどと考えたことがないので、どう返したらいいのかわからない。
「しんどい仕事してるんだからさ、こういうところで癒しとか、こっちのやる気とか考えて欲しいもんだよな」
計器板をぺちぺちと叩きながら、しみじみと彼はこぼした。
カオルにはその感慨がわからなかったので黙っているしかない。
カオルがまるで乗ってこないので、彼は面白くなかったらしい。難しい顔で数瞬考え込み、これならどうだとカオルの方へ身を乗り出した。
「これが好きな女の子の声だったら、すげーやる気でると思わないか?」
思いがけない提案(?)にカオルは目を丸くした。
そうして思わず考えてしまった。コンピュータによるナビゲートが全てルナの声で行われたとしたら、どうだろうか。
「……………………………かえって落ち着かない」
長い沈黙の後の、それがカオルの答えだった。
同僚は先ほどのカオルよりも目を丸くして、次いで破顔した。
「そっか。確かにそうかもな」
そうしてその後、彼は業務に集中した。
目的の宙港に無事入り、下船した後のこと。宙港の長い通路を流れていく途中で、彼はカオルの肩を抱いて引き寄せた。
「お前にも好きな女の子いるんだな」
今度どんな子か教えろよとウインクを投げて寄越した彼に、カオルは沈黙を守り通した。
とりあえずそのときは。
059 声
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しまった女の子が幸せになってない。
カオルの乙女心(!?)を書いた話ということでひとつご勘弁を。