ここもロクの小屋
56個目
アレルギー持ちですが、花粉症ではありません。そのはず。血液検査を何回か受けていますが、そのたびに花粉は大丈夫って言われているんです。ダメなのはハウスダストと猫。
そのはずなのに、目がかゆい鼻がむずむずのどの奥がいがいが。
何に反応しているんだろう……。
病院込んでるから行きたくないなあ。
それはそれとして今日は遙か3譲望です
吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
「譲くん、この歌」
望美の声が完全に詰問の調子になっていたので、譲は身構えた。この後何を言われるのかわかっている。
いや、わかっているから、詰問だと思えたのだろうか。
居住まいを正して次の言葉を待つ。
望美は譲が緊張しているのはわかったが、その理由まではわからず首をひねった。けれど、いったん言いかけた話なのでそのまま続ける。
「静御前の歌なんだね」
「そうですね」
譲の平坦な相づちに望美はまた首をひねる。
「前に、女の人を置き去りにした人の歌とか言ってなかった?」
「言いましたね」
譲の応答はあくまで平坦でゆらぎはない。ただ口を開く度に眼鏡に手をやってずれてもいない位置を直している。
「その人って九郎さんのことなんだね」
「違いますよ」
譲は言下に否定した。
「源義経のことです」
「だから九郎さんのことでしょ?」
「違います」
「九郎さんのことだよね」
「違います」
あの世界の九郎と、望美達の世界の源義経は違う。だからこの歌に歌われている義経と九郎は違う。けれど、あのとき譲が当てこすったのは九郎だ。譲の言うとおり違うけれど、望美の言うとおりでもある。二人はしばらく平行線で同じセリフを応酬し続けたが、先に飽きたのは望美の方だった。
「もういいよ」
すねたように鼻を鳴らして、けれど、それで話は終わりというわけではなかった。
「でも、なんであんなこと言ったの?」
顔をのぞきこまれて、譲は一瞬言葉に詰まった。けれど、少しだけ体を引いて、眼鏡に手をやり、一度深く息を吸い込んでから、答えた。
「吉野ですし、なんとなく思い出しただけです」
「なんとなく?」
「そうです。なんとなく」
「……譲くんは歴史とか詳しいもんね」
納得したわけではなかったが、望美はそこで話を打ち切った。譲はたいてい望美の言うことを聞いてくれるが、時折望美にはわからないタイミングで強情になることがある。そしてそういうときは、押しても引いても動かない。不満は不満だったが、しょうがないとあきらめるしかなかった。
譲は望美があきらめてくれことにほっとした。自分の子供じみた焼きもちを説明しなくて済んだのだから当然だ。けれど一方で、子供じみた焼きもち一つ笑い飛ばせない自分が、まだまだ子供じみていると感じて情けなくもあった。
今望美の隣にいるのは自分で、自分の隣にいてくれるのは望美だというのに、いつになったら余裕を手にすることができるんだろう。
「そういえば、あの世界には静御前がいなかったね」
「静御前は……」
先輩ですよ、という言葉を譲は結局飲み込んだ。そしてまた自分の余裕のなさにうちひしがれることになった。
056 雪
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悩み深いのが乙女というものですよ