ここもロクの小屋
嘘つきはなんとかの
一週間で5つとかどの口が。
もう一ヶ月に5つ書けたらいいかなっていうペースです。
せめて完走はしよう。
やっとこさ34個目
いえができてから生活は安定していった。
食料マップは充実し、畑も作った。その日採れたものをその日に食べ尽くす暮らしは終わり、少しずつだが食料を貯蔵できるようになっていった。
そうなれば、在庫の管理をしなければならない。
例によってメノリがそう言い出して、記録をつけることになった。めんどくさいと多少ぐずる者がいるにはいたが、必要なことだとみな納得した。何があって何がないのかわかれば、食料の採取も計画的に行うことができる。
「ここんとこずっと魚ばっかりや、とか言わなくても済むかもしれへんで」
というわけだ。
もちろん必要なものがわかったからといって、都合良くそれが採れるわけではないということは、みな身にしみてわかっていたのだが、それでもやってみる価値はあると思われた。
それに、嬉しくもあったのだ。こんなにたくさん食料が採れたと確認することが。
道具は簡単に調えた。大きな葉が紙代わり、ペンは木の枝を削ったもの。インクは果物の汁だったり、煤を水に溶いたものだったり。その日の在庫を記録して、次の日の在庫と照らし合わせるだけなので、長く保たせる必要はない。昨日より多くなっていればみんなががんばったということだし、不自然に減っていれば誰かがつまみ食いをしたということだ。
記録係は日替わりで全員が担当することになったが、そんなわけでそれには文句が出なかった。
そうして始まった在庫管理は、しかし早々に問題が発生した。
「なんだよ、これ! 読めないじゃないか」
本日の記録係ハワードは颯爽と倉庫へ降りていった(適当につまみぐいするつもりやなとチャコがつぶやいたのには聞こえないふりをして)かと思うと、ぷりぷりと頭から湯気が出るような勢いですぐに上がってきた。
「ほらこれ、読めないだろ!?」
ハワードがふりかざした昨日のメモをそこにいた全員でのぞき込む。するとそれぞれが微妙な表情になった。
「昨日の当番誰だよ」
「私だ」
即座に返ってきた答えはメノリからのものだった。
答えの主を見て取ったハワードは、ますます居丈高に言いつのった。
「こんなミミズののたくったような字でよく恥ずかしくないな」
メノリは怒らなかった。ただ、ため息をついた。心底あきれ果てたというような、それはそれは大げさなため息を。
「読めないのか? 本当に?」
「はあ!? 読めるわけないだろ、こんなの。なあ、読めないよなあ?」
最後の呼びかけはメノリ以外の仲間達に対してのものだった。彼らはうなずきはしなかったが、その表情は一様に複雑で、読めると言った者もいなかった。
どちらも賛同者が得られないので、ハワードもメノリも譲らずに、二人は剣呑な視線をお互いの顔に突き刺し合った。
「まあなんちゅうか、『fair hand』ってやつか?」
沈黙を破ったのは知識の範囲がよくわからないところにまで及んでいるロボットペットのチャコだった。
「それ、なあに?」
尋ねたのはルナだった。どうやらルナも読めなかったらしい。
「要するに、手書き用の書体や。むかーしむかしに流行ったな」
「昔ってどれくらい?」
知識は正確にと心がけているのかどうかのシンゴの質問にも、チャコは答えた。
「そうやな。タイプライターが出てくる前やから、18~19世紀ってとこやったかなあ。誰でも読めてしかも見栄えがええようになってるんや。まーそのころは、印刷も版画やし、見た目がええようにって色んな文字の形が使われてたっちゅう話や。それぞれにちゃんと名前があるんやろうけど、ウチもそこまではよう知らん」
「大昔じゃないか!」
説明を聞いてなおハワードは沸騰したが、メノリは涼しい顔で答えた。
「今でも使っている」
いわゆる手書きのための書体「筆記体」は、タイプライターやワープロの普及で一気に廃れた。19世紀には必須の教養だったものが、学校で教えることもなくなり、必然的に目にする機会すらなくなっていく。画面上またはプリントされた文字しか見ないので、手で書くときも活字体しか使えず、またそれで何の不便もない。バーネット『秘密の花園』の主人公メアリは字が書けるかと尋ねられて「活字の文字なら書ける」と答える。メアリの時代には活字の文字は「まだそれしか」という程度のものだったが、20世紀にはもうそれが書ければ充分だったし、それ以上を望む人は少なくなっていた。まして、文字を手で書くことなどほぼ無くなった22世紀ともなればなおさらで、書くどころか読めない人も多い。というより、読めないのが普通だ。
しかし、宇宙時代にも筆記体は完全に消えたわけではなかった。いつの時代にも例外はある。文字の美しさを芸術として愛好する人達がそうだったし、特別な文書――契約書とか条約の締結書などに携わる人達もそうだ。なんでもデータでやりとりされるのが通常という時代においても、紙に書いたものに手書きでサインをしてこそ正式だという感覚を持つ人達もまた残った。
そしてメノリはそうした感覚を持つ人達の中で育っていた。
「使っていてもみんなに読めなきゃ意味がないだろ!」
「みんなに読める必要はない。次の当番はお前だとわかっていたのだからな。お前が読めないとは思わなかった」
読めないのなら仕方がないとメノリは昨晩自分が書いたメモをハワードの手から取り上げた。
「今度は読めるように書いておく」
そう言い残して倉庫へ降りていったメノリの背中に、ハワードは言葉をかけなかった。ただぱくぱくと口だけを動かしてメノリを見送っているハワードの姿を、仲間達は複雑な表情のまま見守った。
後日、ハワードが手書きのサインを書き散らすようになったとき、彼の字が『fair hand』であったかどうかは、彼のファンだけが知っている。
034 文字
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハワメノのつもりで書き始めました
ラブのつもりです……。