ここもロクの小屋
夢なのに泣きそうでした
顔一面にじんましんと水ぶくれができてぱんぱんに腫れ上がり、ひどく痛む。
そんな夢を見て起きたらまだ1時でした。
しかも、顔にその感触が残っていて、さすがに痛くはなかったのですが、じんじんとしびれました。
今も、気分が悪いのです。
まあ、気分が悪いのは寝不足のせいですが。
頼むから、悪夢は朝まで待機しておいてほしい。
とびおきたら起きる時間でした。
なら、平気なのになあ。
さて、お題は30個目です。文章がおかしいのは寝不足のせい――ではなく実力です。
メノリは月明かりの下でバイオリンを奏でていた。
昼間は仕事があるので、演奏はもっぱら夜になる。
フェアリーレイクに波が立っている。今夜は風が強く、メノリの髪も揺らしていくが、それは不快なものではなかった。
鼻先をかすめていく風に、メノリは目を細めた。
土の匂いがする。
フェアリーレイクを渡ってきたはずの風が運ぶのは、いつも水の匂いではなく土の匂いだ。いや、水を含んだ土の匂いなのだから、森の匂いというべきなのだろう。
まだシャトルで暮らしていた頃感じていた風は、また違う匂いがした。
水をたくさん含んでいるということは同じだが、それは当然海の水なので、森のものとは違う。まとりわりついて嫌だとハワードなどは不平を鳴らしていたが、メノリは嫌いではなかった。バイオリンには良くないとわかっていても、それでも嫌いにはなれなかった。あれが潮の匂いというものなのだろう。
コロニーではわからなかったことだな、と思う。
コロニーの中には自然に近いということを謳っているようなところもある。メノリもそうしたコロニーで過ごしたこともあるのだが、「近い」はあくまでも他と比べればということであり、こうして本物の自然に囲まれていればその距離は果てしなく遠かったのだということがわかる。例えば、こんなに濃密な匂いを感じることはなかった。所詮作り物は作り物で、本物にはなれないということだろうか。
それならば、とメノリは考えることがある。
音楽のことだ。
人間が宇宙で暮らすようになった今も、バイオリンの形状はそれが誕生し改良が進んだ16~19世紀頃から変わらない。当然演奏される曲も、地球時代に作曲されたものが多く残っている。
そうした曲の中には自然を表現したものもまた多い。形式や調性ではなく、海や星といった具体的な事柄を主題とするそうした曲も、当然メノリは弾いてきたけれど、映像や作られたものでしか知らないそうしたものを自分はどう表現しようとしていたのか、今ではもう思い出せない。
自分は今、本物の自然を知っている。本物の太陽や月、星、空も海も見た。たくさんの生き物にも出会った。その自分が奏でる音楽はやはり変わったのだろうか。変わったとして、それは良い方向へ変わったのだろうか。本物を知って、自分は本物の何かを得たのだろうか。
その答えをメノリはまだ持たない。
今はまだ、何もかもが途中だからだ。
いつか。
いつか、ここへ来て良かったと、いい修学旅行だったと、笑顔で話せるときが来たら。この旅が終わったら。
そのときには、きっと答えもわかるだろう。
030 心
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メノリ様は定期的に書きたくなる病気にかかっているのです