ここもロクの小屋
53個目
乙女度強化月間と銘打ったとたんに、サヴァイヴのネタが降りてこなくなる。
まあ、毎年のことです。
そんなわけで本日は金色のコルダ土日なのです。
留学することを打ち明けたとき、香穂子は反対しなかった。
梁太郎も反対されるとは思っていなかった。
しかし、留学の準備がどれだけ進んでも、出発の日が近づいても、香穂子の態度が常と変わらなかったのには、ひっかかりを覚えた。
有り体に言えば梁太郎は不満だった。
留学すること自体には迷いはないが、留学すれば香穂子とはしばらく会えなくなる。学校へ行けば会えるのが当然だった生活からの、それは充分すぎるほどの変化だ。それなのに、香穂子はなんとも思わないのだろうか。
寂しがっているのが自分だけだとしたら、これほどやるせないことはない。
そう思うと香穂子を問いただすこともできず、というよりむしろ、自分が寂しがっているということを認めることすらできず、梁太郎は釈然としない思いを抱えたまま出発当日を迎えた。
空港のロビーまで来ても、香穂子はやはりいつも通りだった。
他の見送りメンバーが気をきかせて先に帰っても、香穂子の様子は変わりそうになかった。
そのことに落胆し、落胆している自分に失望し、梁太郎の機嫌は良くなかった。しかし香穂子に当たるのは筋違いなので、平静を保ち、不機嫌を顔に出さないように心がけた。
「じゃあな」
なんとか微笑みを作って、さりげなく別れを告げる。そうして床に置いていた荷物を持ち上げようとしたところで、香穂子から差し出されたものがあった。
「なんだ?」
「持っていって」
首をひねりながら梁太郎が受け取ったのは、大判の茶封筒だった。手にするとかなりの厚みと重さを感じた。その中味として最初に思い浮かんだのは、楽譜だった。二人を出会わせ、つないできたものを思えば当然の連想だ。
どんな曲を選んだのかと、封筒を開く。のり付けされていなかった口は簡単に開き、中味もすんなりとりだせた。しかしたやすい作業であったにもかかわらず、梁太郎の眉間にはしわがよった。
「なんだこれ?」
中に入っていたのは、予想通り紙だった。ただし、楽譜ではなかった。罫線の引かれた用紙と、封筒。それがたくさん入っていた。用紙も封筒も一種類ではなく、色も柄も大きさも、様々だ。
とりどりのそれをどうすればいいというのか、わけがわからないでいると、香穂子は口をとがらせた。
「知らないの? レターセットって言うんだよ」
「……それは知ってる」
自分をなんだと思っているのかと、梁太郎は軽い頭痛を覚えた。
わからないのはこれが何かということではなく、どうしてこれを自分に渡すのかということだ。
「知らないの? それは手紙を書くときに使うものなんだよ?」
「それも知ってる」
からかうような香穂子の口調に頭痛が増すのを感じながら、梁太郎は大きく息を吐いた。
「だから、なんで手紙なんだ?」
「だって、離ればなれになるじゃない。だから、書いて欲しいなって思って」
口調はからかうような軽いもののまま、口もとがらせたままで香穂子はそう言った。けれど、その顔に、ずっと見たいと思っていた色が浮かんでいることに梁太郎は気づいた。
目が寂しいと言っている。
ようやく見られた香穂子の気持ちに、梁太郎の憂鬱は晴れ、口元がゆるむ。
しかしそれと悟られるのはしゃくだったので、梁太郎はしかめ面を続行した。
「だから、なんで手紙なんだ?」
今の世の中、電話でもメールでも、離れている二人が連絡をとる手段は他にいくらでもある。なんならテレビ電話だって簡単に用意できるのに、どうして古風に手紙なのか。
機嫌は良くなっても疑問は残ったので、素直に尋ねると、香穂子はちょっと視線をそらした。
「手紙だと、届くのに時間がかかるでしょ? だからいいかなって思って」
「それが、いいのか?」
それこそ手紙の不便なところなのではないかと梁太郎はごく真っ当にそう思ったのだが、香穂子はいいのだとうなずいた。
「届くのに時間がかかるから、たまにしか届かないから、だから、邪魔にならないでしょ?」
電話やメールだと、きっと我慢できなくなって毎日欲しくなってしまう。しょっちゅう押しかけるような真似をして勉強の邪魔をしたくない。それに、自分もこっちでがんばるのだから、我慢は必要だ。だから手紙くらいがちょうどいいのだと、香穂子は笑った。
「だから、ちゃんと書いてね」
「……切手が入ってないぞ」
「もう! それくらいはサービスしてよ!」
「了解、了解」
頬をふくらませた香穂子の頭をくしゃくしゃとなでる。
すねていた自分がみっともなくて、香穂子の気持ちが嬉しく照れくさくて、梁太郎はそんなふうにしかできなかった。
「じゃあな。行ってくる」
「うん。がんばってね」
香穂子の笑顔に手を振って、梁太郎は機上の人となった。
そして、三日に上げず届く便りに、素直にメールをねだった方が邪魔にならなかったのだろうかと、香穂子が頭を悩ませるようになるのは、このすぐ後のことになる。
053 白紙
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答案用紙とか結婚届とか離婚届(え?)とか、白紙に戻すとか、色々考えたんですけど、こんなんでました。