ここもロクの小屋
49個目
久しぶりにちょっとまともに書こうかと思ったら、なっかなか仕上がらなくて苦労しました。
あ、まともっていうのは出来のことではなく、長さのことです。
しかも長いっていうのは当社比ですので、世間的にはショートショートショートです。
うまく書けなくて更新が遅れたのであって、CHESSコンとか行って遊んでいたからじゃないよ(誰に言い訳)。
CHESSコンは素晴らしかったです。
コンサート形式ということでしたが、お芝居部分の短いミュージカルという感じで、歌だけ並べたものではありませんでした。
曲自体も歌い手さんもすばらしい歌ばかりで、夢中になってあっという間に終わってしまいました。
ぜひ完全版を上演して欲しいと思います。
ああもう、どうしてCD出してくれないんだ!!
CHESSコンサートは梅田芸術劇場にて明日(2月12日)もやってるよ!
小話もやっとできました。
約束の時刻きっかり。
遅れてきたわけでもないのに、待ち合わせの相手がもうすでに出来上がっているのを見て、カオルは片眉を上げた。
しかし、呼び出しに応じた時点である程度の厄介ごとは覚悟してきているので、カオルは軽く息をついただけで用意されていた席に着いた。
柔らかな絨毯の上を足音もなく近づいてきた店員にオーダーを告げていると、不機嫌そうな鼻息が聞こえた。その主はわかっているので視線もやらずにいたのだが、今度は不機嫌そうな声が飛んできた。
「なあ、気がついたか?」
何がとは声に出さず眉間のしわで投げかける。
問いの主はカオルを待つ間にどれほど飲んだのか、不機嫌というよりも眠そうに見えるほど目が細くなっていた。金髪の間から見え隠れする頬も赤い。元々色白なだけにそれはひどくめだつ。
カオルは舌打ちをこらえる表情になり、運ばれてきたグラスに手をかけたが口には運ばなかった。
どうやら今夜の呼び出しの主はひどく鬱屈しているらしい。こんなのに対応するとなれば、こちらも同じように酔わずにはいられない――といいたいところだが、残念ながらカオルはあまり酒に強くない。こんなのと同じように酔ってしまったら収拾がつかなくなる。
カオルがグラスに手をかけたまま眉間にしわを寄せていると、鬱屈の主の方は何杯めになるのか知らないがとりあえず今手にしているグラスを空にした。
「お前が店に入ってきたとき」
ゆらゆらと体を揺らしながらすでにろれつが怪しい。それでもカオルは辛抱強く座り続けた。
「みんなお前のこと見てた」
カオルの眉間のしわが深くなる。
意味がわからない。
「すごい注目されてたぞ。気づいたか?」
「……いや」
しばらくの沈黙の後、カオルは短く答えた。意図のわからない質問に答えたくはなかったが、酔った相手はいつまでもカオルの答えを待つ構えを見せたので、仕方がなかったのだ。
「目立つよな、お前は」
空になったグラスを握りしめたままそいつはそう言った。新しい酒を注文しないところは感心だが、発言の内容には納得がいかず、カオルの機嫌も悪化する一方だった。
「お前に言われたくない」
「お前ってさ、なーんか昔っから目をひくんだよな。暗いのに。地味なのに。そのくせ、なんか目につくっていうか、鼻につくっていうか」
けんかを売られているんだろうか。
カオルの反論が届いたのかどうか、一方的に話を続けられ、カオルはたまらずにグラスに口をつけた。
酔っぱらいの戯れ言にいちいちつきあっていたら馬鹿をみるということはわかっているが、それと腹が立てずにいられるかというのは別の話だ。
「それなのに、いつも自分は関係ないって顔して。お前はさー、ほんっとそういうとこむかつく」
ごん、と派手な音がしたのは、軽い頭がテーブルに激突したからだ。とうとう自分の頭を支えることもできなくなったらしく、言葉の途中でくずれおち、そのまま突っ伏した。金髪が散らかっているが、手にしたグラスは放さなかったので割れることはなかった。
グラスの無事を確認すると、カオルは乱れたテーブルの上から視線を外した。
来たばかりだがもう引き上げ時だろうか。
「ぼくはさ、ぼくなんてさ、どうせ誰も見てないんだ」
カオルは離したばかりの視線を戻した。
くしゃくしゃの金髪で表情は見えない。だが声からは少しだけ酔いの色が消えていた。
「お前の方がよほど目立つだろう」
だからカオルは席を立つ代わりに声をかけたのだが、それも届いたのかどうかわからない。
カオルの言葉が終わらないうちにテーブルの上から同じようなセリフが流れてきたからだ。
「ぼくだって、見られるさ。歩けば声だってかけられる。出待ちや入り待ちだってたくさん集まってる」
じゃあいいじゃないか。
カオルはそう思ったが今度は口に出さなかった。聞いているのかどうなのかわからない相手に話しかけるのは労力の無駄だ。
案の定、カオルが応答せずとも語りの進行に支障はなかった。くどくどと自分がいかに注目されるかを並べたて続ける。カオルの方でも、もうまともには聞いていなかった。これの回収を依頼せねばならないので(自分で回収するつもりは元より無い)、帰ることは諦めたが、会話する必要がないのならこちらも相手の話を聞く義務はない。
しかし、カオルはそのつぶやきを拾ってしまった。それまでの繰り言よりずっと小さな響きであったにも関わらず。酔いの色もまだ残っていたというのに。
いつもなら過剰すぎるほどの自信がそこに無かったからだろうか。
「……でもそれが、集まってきてくれた人が、雇われてきてくれてるんだとしたら、ひょっとしたら本当にそうなんじゃないかって……」
そのまま長すぎる独り言は消えた。
どうやら本当につぶれてしまったらしい。
カオルはこの勝手な酔っぱらいが自分を呼び出した理由も、その鬱屈の理由もなんとなく見当がついた。
おおかたまた誰かに言われたのだろう。その恵まれすぎた生まれのことを。
いつもなら笑って受け流すそれを、今日に限って消化できなかった理由まではわからないが。
無視できないほどひどい言われ方をしたのか、尊敬している人にでも叱られたのか、あまりにも無残なしくじりをしたのか。
どちらにせよ、こうなってしまっては聞き出せないし、カオルは聞き出すつもりもなかった。
きっと明日になれば、自分が何を言ったのかも忘れて、笑っているだろう。そうして宇宙一のスターだと胸を張っているだろう。
こんなことで終わるほど、繊細な奴じゃない。
カオルは手にしていたグラスを飲み干すと、回収依頼の電話をかけるべく今度こそ席を立った。
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049桜