体温計が示す数字が38度を越えたところでハワードはきっぱりと言い放った。
「学校に行く」と。
しかしこの感心な宣言は通らなかった。使用人たちは寄ってたかってハワードをベッドにしばりつけた。こんなに熱が高いのに、学校なんてとんでもないと言って。
「ぼくの言うことが聞けないのか!」
熱のせいで赤い顔をさらに赤く染めてハワードは駄々をこねたが、それでも彼らは引かなかった。
「ぼくを誰だと思っているんだ」というハワードお得意のセリフも、ここでは通用しない。彼らにお給料を払っているのはハワードの父であって、ハワード坊ちゃんではないからだ。
結局熱に浮かされた体では抵抗もままならず、ハワードは一日ベッドの上で過ごす羽目になった。
常に土地不足で人口過密のコロニーにありながらハワードの家は非常に大きいものだ。ハワードの部屋も当然広い。ハワードが寝ているベッドも5人は一緒に寝られるくらい大きいものなのだが、それが大きいことを感じさせないだけの広さがある。温湿度の管理も完璧で、みんなのいえやオリオン号の中でひしめき合って寝ていた頃を思えば、快適すぎるほどだった。
そう、まさに快適すぎた。
快適すぎて居心地が悪い。
特にこんなふうに昼間一人で過ごすのは最悪だ。
学校から戻って夜休む分にはいいのだ。昼間はしゃぎまわって疲れた体を横たえて、また来る明日を楽しみにして眠るには素晴らしい部屋だ。他にこんないい部屋を持っているやつはいないだろうと思う。……いたとして、メノリくらいか。
だけどこんなふうに昼間一人で寝ているのは嫌いだった。病気だというのがさらに悪い。本当に何もできずに寝ていなくてはならないからだ。元気なら、ゲームをしたり誰かに電話したりできるし、なんなら出かけたっていい。
でも病気となると寝ていることしか許されない。
広い部屋はやたら静かで、それでいてうるさい。自分が音を立てない分、普段気にならないかすかな音がやたら耳につく。照明なのか空調なのか他の何かなのかわからない機械音が絶え間なく響き、ハワードの神経をひっかいた。
「はっくしょん」
静かすぎる空気に鼻がむずむずした。思わず放ったくしゃみにこだまがかかって聞こえるのはさすがに気のせいだろうけれど、ハワードは薄ら寒くなって布団をひっかぶった。
使用人は呼ばなければ来ない。
両親は仕事だ。
もうパパとママに会いたいといってぐずるような子供ではないけれど、こんなに広い部屋なんていらないのにと八つ当たりめいた気持ちを抑えることができるほど大人でもなかった。
布団にくるまって、けれどハワードは眠ろうとはしなかった。
眠ってしまえば静けさなんて気にならないだろう。でもこんな真っ昼間に寝たりすれば、いくら具合が悪いからといっても夜ちゃんと眠れるとは限らない。
暗い部屋で眠れずに過ごすなんてことは、最悪の最悪だった。
ハワードの最悪な時間は唐突に打ち切られた。
呼ばなければ来ないはずの使用人がやってきて、客だと告げたのだ。
ハワードの寝間着姿も、ここが寝室であることも、まるで気にせずずかずかと入り込んできた客たちは、やたらうるさかった。
「ハワード風邪ひいたって? 大丈夫?」
「これお見舞いなんだけど、食べられるかしら」
「今日のノートはとってきたよ」
「どうせまたお腹出して寝てたんでしょ」
「夏風邪はバカがひく、と言うからな」
「それで、熱は下がったのか?」
見舞いなら見舞いらしく心配だけしていけばいいものを、余計なことまでがやがやと頭の上で騒ぎ立てる。
本当にさっきまでの静寂がウソのようだ。あの快適さを返して欲しい。
そう思う一方でハワードは別のことも思った。
今日の夜はきっとよく眠れるだろうと。
023 病気
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつもなんでこのお題でこの話なのかよくわからないものばかり書いているので、今回は直球で。
それにしてもこういうお題ものをやると私がハワード大好きだって事を隠せませんね。何かとハワード書いちゃうので。
拍手でサヴァイヴでラブをとメッセージくださっている方々、拍手ありがとうございました。あと77題もありますので、どこかでは書けると思います。