「どうしてお前は俳優になったんだ?」
その質問は何度もされてきた。両親や友人たち、親戚とかただの顔見知り、それからマスコミとか、もうありとあらゆる相手から繰り返し投げかけられてきた。
今ぼくに何百回目だかのその質問をしてきたのは、現在撮影中の映画の共演者だった。新進気鋭の若手俳優として最近名が知られてきたそいつは、生まれがあまり裕福ではないとかでずいぶん苦労してきたらしい。そのせいか、裕福さで言えば誰にもひけをとらない生まれのぼくが気に入らないようで、何かと刺々しい態度を向けてくる。だから演技上の交流が少ないというのにすっかり顔と名前を覚えてしまった。
撮影の合間。折りたたみ式の椅子に座ってこちらに向けてくる顔が険しい。その顔が「物好きな」と言っているような気がする。まあ単なるぼくの思い込みかもしれないけど。なにしろぼくはこれまで何度もそう言われてきたから、そんな質問をされるとそんな気になってしまうんだ。
そいつがぼくをどう見ているにせよ、ぼくは質問に答える。ぼくの答えはいつも同じものになるけれど、面倒だとは思わない。それが何百回、いや何千回目だとしても思わないだろう。大事なことを確認できるような気がするから、ぼくはこの質問されることが嫌いじゃなかった。
「向いてないと思って、向いていると思ったから」
険しかったそいつの顔がますます険しくなった。不機嫌そうに眉を寄せた顔が、ここにはいない友人の一人を思い出させてぼくは思わず笑ってしまった。でも、ぼくが笑ったことで眉間のしわがますます深くなってしまったので、ぼくはそいつが怒鳴り出す前に説明を加えた。
「ぼくは、回りの人間がぼくの言うことをきくのが当然だと思っていた。ぼくのパパはお金持ちで、政治的にも影響力を持っていて、小さい頃からお世辞とお愛想に囲まれきて、それしか知らなかったから、まあわがままなお坊ちゃんだったよ」
そいつの表情が変わった。眉間のしわがとれて、口元が微妙にゆがむ。そこに浮かぶのは「軽蔑」だ。多分これはぼくの気のせいじゃない。
そんなふうに思われることは想定内だ。ぼくも口の端を上げて続ける。
「それでもぼくなりに苦労はしていたんだ。みんながぼくに従うのは当然だけど、ぼくはそれにふさわしい存在じゃないといけないってそう思っていたからさ。立派に振る舞わなくちゃ、パパの息子らしくしなくちゃって、結構がんばってたんだぜ。まあ、『ふさわしい存在』の理想像が著しく間違っていたことは否めないけどな」
だから回りの人はぼくがふさわしいとはちっとも思っていなかっただろうけど、とそこで区切る。そいつの表情がまた変わった。うさんくさそうな目つきは、なんだろう、本当かといぶかしがっているようにも、そんなのは苦労のうちにも入らないと言っているようにも見える。
両方かな。
そんなのは苦労のうちに入らないってのはぼくも同感だ。ただ、苦労知らずのお坊ちゃんだったぼくにとっては充分苦労だったという話だ。
「でもあるとき、ぼくがパパの息子だってことは何の意味もないって思い知ることがあったんだ。すごくショックだった。ぼくにとってパパはとても大きな存在で、誰にとってもそうだと思っていたから、それがひっくり返って本当にびっくりしたんだ。でも同時にすごく楽になった。パパが誰でも、ぼくはぼくだ。ぼくはぼくでしかないんだ。そう思ったらぼくはすごく楽になれた」
ここまで話すといつも晴れ晴れとした気分になる。自由だって、そうなれたときの気持ちが何度話してもよみがえってくる。だからぼくはこの質問をされるのが好きなんだ。
「これが向いてないと思ったってこと。ぼくには『ハワードJr.』で居続けるのは無理だったのさ」
そいつが苦虫をかみつぶしたような顔になった。答えが気に入らなかったんだろうか。そうだとしても気に入られるために答えたんじゃないからしょうがない。
その顔を眺めていると、ずっと黙って聞いていたそいつは、苦々しい表情のまま口を開いた。
「それで?」
「ん?」
「向いていると思った方はなんなんだ?」
問われてぼくは笑ってやった。スターの輝き100%のぴっかぴかの笑顔を作って、それでこう言ってやったんだ。
「そんなこと、言わなくてもわかるだろ?」
今のぼくのこの姿。それこそが答えだ。
他に選択肢なんてないって、俳優が天職だって、そんなの一目瞭然じゃないか。
そいつの目がまん丸になって、口がぽかんと開いた。そうしてぱくぱくと音を出さないで口を開け閉めしたそいつは、鼻息も荒く立ち上がりよそへ行ってしまった。
怒ったのかもしれない。そうだとしても、本当のことだから他に言い様はないし、しょうがない。
その後の映画の撮影は万事快調で、うまくいったから、ぼくはそれでいいと思っている。
012 感情