「かんぱーい!」
ハワードは上機嫌で最初の一杯を飲み干した。
飲酒が許される年齢になったから酒盛りをしよう。
ハワードのそんなご機嫌な呼び出しでみんなは集められた。
僕はまだなんだけど、と一人ノンアルコールで不満顔なのはシンゴだ。
ハワードのハイペースを心配そうに見ているベルはとうの昔に酒の味を覚えて、手酌酒も堂に入っている。
実のところ、不機嫌そうにちびちびと杯をなめているカオルだけがハワードの言う飲酒の許される年齢に達した仲間なのだが、双方ともに特別な連帯感を持っている様子はなかった。酒を注ぎあうこともなく、勝手にやっている。
ハワードの用意した部屋は十分すぎるほど広く、それぞれが好きに酒をたしなむのに問題はなかった。
ちなみに今夜の酒盛りのメンバーはこれで全部だ。男同士で飲み明かそうぜというのがハワードのご機嫌な招待の内容だったからだ。
それを受け取ったときの反応はそれぞれ違うようで似ていたが、結局全員集まるのだから、ハワードの人望も捨てたものではないのだろう。
無礼講だというハワードの言葉に従ったわけでもないが、テーブルの上だけでなく絨毯の上にまで酒瓶や料理を広げて、男同士の気安さもあり、みんなすっかりくつろいでいる。
「ねえ、ちょっと。ハワード。ハワードってば!」
調子よくグラスを空け続けていたはずが、急に床にごろりと転がり、そうかと思えばたちまち高いびき。いびきの調子も上機嫌なハワードをシンゴは揺すって起こそうとした。しかし数回呼びかけたところで早々に見限り、シンゴはハワードを転がしたまま自分の飲み物を補充すると肩をすくめた。
「飲み明かすなんて言ったくせに、一番早くつぶれるなんて」
まだ始まったばかりじゃないかと呆れ顔のシンゴだったが、そこに怒りや不満はない。酒や料理は足りているし、帰ろうと思えば足もあるし、帰るのが面倒ならこのままここで泊まれる用意までハワードは整えてくれているので、言ってみればもうハワードは必要ないのだ。
唯一心配だったのはハワードの酒癖だったが、一人勝手に飲むだけ飲んであとは寝るだけだなんて、想定していたよりずっと平和で害のないものだったので、シンゴとしては文句のつけようのないというところだった。
「よっぽど嬉しかったんだね」
ハワードに上掛けをかけながらベルはしみじみと言った。
「ハワードがこんなにがんばるなんて、正直意外だったよ」
シンゴも呆れ顔をほどいて言った。
カオルは何も言わなかったが、ハワードの寝顔へ流した視線に鋭さはなく、異存はないようだった。
酒が飲めるようになったからというのは半分以上口実で、飲み明かしたいその本当の理由が、ハワードが初めてつかんだ役にあることは、ここに集まった三人全員がわかっていた。
役といってもたいした役ではない。確かに話題性のある大作映画の役なのだが、出演するのはほんの一場面。端役としか言いようが無く、ただ、一言セリフがあるということだけが、単なるエキストラとの差。そんな小さな小さな役だったが、それでもハワードが初めて一人で勝ち取ったという点において、何よりも大きな成果だったのだ。
「あんなに意地はらなきゃ、もっと早くにデビューできたのにね」
転がってきたハワードの足をうるさそうによけながら、シンゴはグラスの中味を飲み干した。残念ながらジュースではどれだけ飲んでもハワードのようにはなれない。こんなに大口あけて何が明日のスターだよとシンゴはハワードの鼻をつまんだ。
「ハワードは有名人だからね」
「悪くも悪くも、だがな」
ベルが苦笑混じりに評した言葉を、カオルは「良くも悪くも」をもじった表現で補足した。
ハワード財団の後ろ盾があれば、すぐにでも主役デビューはできたはずなのだが、ハワードはそれをよしとしなかった。絶対に実力でスターになるのだと、ハワード財団とは関係のないところでオーディションを受けまくった。だが、ハワード財団と関係がないということは、ハワード財団のライバルにあたる会社と関係があるということだったりする。
ハワードが財団との関係を隠したくても、ハワードが「ハワードJr.」だということは、「悪くも悪くも」銀河中に知られていたので、隠しようがない。そしてハワードはそれを隠そうとはしなかったので、当然というべきか受けまくっては落ちまくるという状況がずっと続いていた。
だからきっとそのうち、ハワードはあきらめてハワード財団の力を利用するだろう。生まれもまたその人の力の一つだ。俳優の子が俳優になる例は多く、親の力で子が役につく例もまた多い。ハワードが財団の力に頼ったって、それほど悪いことじゃない。主役はやりすぎでも、最初のきっかけくらいはもらってもいいんじゃないか。
仲間達はそんなふうにも思っていたのだが、ハワードは頑として父親に泣きつこうとはしなかった。そうしてやっと今回の役を手に入れたのだ。
あのハワードが立派になったもんだ。
ほとんど親のような心境で、仲間達はハワードの最初の一歩を喜び祝福した。心から喜ばしいと思ったからこそ、銀河中に散らばっているにもかかわらず呼び出しに応じたのだ。
それなのに。
「ああもう、これじゃお祝いにならないよ」
鼻をつまんでもハワードが起きないので、シンゴはお手上げだと声をあげた。もう知らないからねと料理を勢いよく平らげ始める。
「こういうのはどうかな」
手酌で注いだ酒をいったん置いて、ベルが穏やかに口を開いた。
「この映画が公開になったら、今度は俺たちがハワードを招待するんだ」
そうしてそのときは女の子も呼んでみんなでお祝いをしようというベルの提案に、シンゴは即座に飛びついた。
「いいね! でもそのときは全員ノンアルコールだよ」
僕だけ飲めないなんてつまんないよというシンゴの言葉に、ベルは首をかしげてカオルを見た。カオルは薄く口の端を上げてうなずいた。
「主役がつぶれては話にならないからな」
話はまとまった。そうなると今夜のところはハワードはもう必要ない。
「じゃあ今夜は僕たちだけで。かんぱーい!」
三つのグラスが明るい音を響かせた。
021 大人
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ハワードは明るいお酒。ぐいぐい飲んでけらけら笑ってぱたっと寝ちゃう。そして次の日はけろっとしている。
ベルは酒豪。いくらでも飲める。飲むと口数が多くなる。
シンゴはやや強い。あまり量は飲まない。飲んでもあまり変わらない。
カオルは弱い。飲めなくはないが好きじゃない。杯一杯にものすごく時間がかかる。無理して飲ませると二日酔い。
そんなイメージ。