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ここもロクの小屋

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チョコの日お題 

 6月6日企画でつかったお題「チョコの日」
 ちゃんと恋をテーマに書いてみようぜチャレンジ第一弾。

 「欲しいとか言ってみただけ」 金色のコルダです。
 ページを作るのが面倒になってブログにあげるという手抜きぶり。
 でも、中味はけっこうがんばった…つーもーりー。

 

 お題は「僕らの異常気象」(ビスコ様)からお借りしました。
 


 一緒に練習しようと二人で練習室に入り、合奏の感触を確かめたところまではよかった。一息入れようということになって、何か一曲弾いてくれとせがまれたのもまあいい。それじゃあ俺は休憩にならないだろと形ばかりの苦情を言って、そこをなんとかなんでもいいからと重ねてねだられたのだって、悪い気はしない。


 相手が好みそうな曲をいくつか頭の中で並べて、おもむろに弾き始める。こんなふうに思うに任せて弾いているときはいつだって気分がいいのだが、目の前に熱心な聴き手がいるときはまた格別だ。自分の音の一つ一つに目を輝かせ聞き入ってくれているのを見るのは、悪くないどころか最高の気分と言ってもいい。


 ところが今日は思うように気分が高まっていかない。調子が悪いわけではなく、指はいつもどおり軽快に鍵盤の上で踊っているのだが、眉間にしわがよるのが止められない。それは偏に聴き手の奇妙な態度のせいだ。
 弾けと言ったくせに曲を聞いているのかいないのか、やたら険しい顔で鍵盤を凝視している。いや、違う。これはもしかして鍵盤の上を動く手を見ているのだろうか。


 手が鍵盤を移動するのに合わせて、見学者(聴き手ではもはやないだろう)の視線が行き来するのを確かめて、不意に演奏を止めた。見られて困るというものでもないが、なんとなく面白くない。手が止まったのが不満なのか、こっちを見て不思議そうな顔をしているのがまた、少しばかり腹立たしい。説明を求めたいのはこちらの方だ。

「何がそんなに気になるんだ?」
 声が低くなるのを抑える気はさらさらなく、至極不機嫌そうに声をかけると、何のこと?と、とぼけた答えが返ってきた。
「俺の手がどうかしたのか?」
 さらに不機嫌を上乗せした声を重ねてやると、ようやく何を言われているのか分かったのか、ひどくばつの悪そうな顔をした。
「……あのね、うらやましいなって思って」
「うらやましい?」
「うん、だって大きいし」
「は?」
 反射的に尋ね返したが、どうも相手は本気らしい。真顔でうらやましいと繰り返す。
「大きい手が欲しいのか?」
「そりゃ欲しいよ!」


 そんなにいいものだろうか。
 思わず鍵盤から上げた手をまじまじと見てしまう。ぴんとこないこちらと違い、向こうは俄然勢い込んで身を乗り出してきた。
「だってこれだけ大きかったら、うんと遠くまで届くじゃない!」
 そしてこちらの手をつかみあげると、自分の手と合わせて、どういうわけだかむしろ得意げとも言えそうなくらい胸を張り、ほら全然違うとのたまった。
「うう、これくらい指が長ければ重音だってもっときれいに出せるのに……」
 そうしていきなりしぼんだその声に、ようやく事情が見えてきたのはいいのだが、そうこぼす間もこちらの手はとられたまましかも強く握りしめられているので、居心地が悪いことこの上ない。


「手が大きければ弾ける、というもんでもないだろ」
 さりげなく手をほどいて取り返し、不機嫌を取り除いた口調で言ってやると、手はすんなり放したものの恨めしげにこちらを見上げてきた。
「そうだけど、やっぱり指が長い方が弾きやすそうに見えるんだもん」
 確かにそう思うのもわからないではない。手が大きいだけでは何にもならないのも確かだが、大きい方が有利なのも否定はしない。例えばラフマニノフは手が大きかったということでも有名で、彼の作曲したもののなかには、彼以外には誰も完璧に弾きこなせないと言われる曲もある。ピアニストを目指す人間の中には、指の可動域を広げるために指の間のいわゆる「水かき」の部分を切ってしまう者もいるという話もあるくらいだ。
 だが、手が小さい演奏家だっていくらでもいる。


「お前の手だって、そう小さい方じゃないだろ」
 呆れたのか慰めなのか、自分でもよくわからない半端な言葉だ。けれど意外にも不満そうな顔は見られなかった。そうなんだよね、とこちらもいささか中途半端ながら、こぼれたのは納得の方向へ向かったセリフだ。だが、続く言葉にこちらの気分がささくれだった。


「月森くんもきれいな指だったなぁ……」


 羨望のため息とともに、何かを思い出す表情が作られた。目の前に自分の手を広げて、そのまま独り言のように、けれど一応こちらに向けているらしい言葉が並ぶ。
「この前一緒に練習してたんだけど、長くてきれいだなあって思わずみとれちゃったんだ」
 重音だってつぶれないし、とそれは続いた。
 どうやら相当重音で苦労しているらしい。けれど、ひっかかるのはそこじゃない。
「それ、あいつに言ってみたのか?」
「え? どれ?」
「指が長いから上手に弾けてうらやましい」
「言ったよ。きれいだな~いいな~って」
「それで?」
 むかむかする気分が声に出ないように努めたつもりだったが、表情には出ているのではないだろうか。だが生来の仏頂面が幸いしたのか、向こうは特に気に障ったようでもなく照れたように笑って「呆れられた」と言った。ただ単に、記憶を掘り起こしているためにこちらの表情まで気にしている余裕がないのかもしれない。
 それはそれで面白くない。今目の前にいるこっちより、あっちの方を気にしているなんて。
 自分でも馬鹿げた狭量さだとわかってはいるのだが。


「指の長さなんて関係ないって叱られちゃった」
 確かにあいつの言いそうなことだ。きっと理詰めで説教されたのだろう。肩をすくめるその顔がすっぱいものでも食べたようなものになっている。
「わかってるんだけど、でもやっぱりうらやましくて。指長いし、細いし、きれいだし」
「比べてみたのか?」
 今度こそはっきり声が尖った。向こうの目が丸くなる。そこから目をそらして続けて問いかける。
「さっき俺にやったみたいにして比べたのか?」


「まさか! そんなことできるわけないよ!」
 跳びあがるようなそれは、即答だった。ぶんぶんと勢いよくふられる首と両手がついている。
 それを見せられたこちらの気分は最悪だ。
 まさか? できるわけない?
 この手は遠慮なくわしづかみにしておいて、あいつの場合は「まさか」だと?
 その距離にいったいどういう意味があるのか計りかね、次の言葉が出てこない。奇妙な沈黙が落ちるところだったが、その前に練習室の扉が前触れもなく開いた。


「あ、いたいた。香穂、金やんが呼んでたよ!」
「え? あ、そうだ! 楽譜のことでお願いしたことがあったんだ!」
 突然の侵入者の言葉に文字通り飛び上がり、そのまま部屋を飛び出していく。
「ごめん! 土浦くん。ちょっと行ってくるから、少しだけ待っててね!」
 扉だけは丁寧に閉めていった。閉ざされた扉の向こうから、威勢の良い足音が響いて、消えた。

 


「いい逃げかよ……」
 一人で続きを弾く気分にはなれなかった。

 

――――

 甘くないって?
 でもほら、お題が「言ってみただけ」ですからね!
 「だけ」なんだし、こんな感じの方がお題にそってるんじゃないでしょーか(言い訳)
 

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