ここもロクの小屋
記憶が薄れないうちに
また同じ本を読もうとしたので……
『狐笛のかなた』 上橋菜穂子
大好きだ!
と手放しで思える本に久しぶりに出会いました。
小国にそれぞれ国主がいて、それをたばねる上位の国主がいて、それぞれの国に争いの火種があるという室町時代くらいの日本風の世界。おばあさんと二人で暮らしている主人公の小夜はある日、追われている子狐を助けて、とある屋敷に迷い込む。小夜と子狐を助けてくれた男の子は、その屋敷の若様だったが、どういうわけか屋敷からは出してもらえないと言う。小夜はその男の子とまた会う約束をして。
そこから始まる小夜の物語。国の争いと、彼女の生い立ち、屋敷の若様の不遇、子狐の立場など、色々な事柄が絡み合って物語となるのですが、なんといってもときめいたのは小夜の恋でした。お相手もそうなんですけど、ただ、相手を大事にしたいという純粋な想いが育っていく過程がなんともいえずときめきました。
話の流れ事態は、結構重くて、憎しみとか因縁がからみあって、どう解決すればいいのかやるせない雰囲気で進むのですが、それでも殺伐としたものが突出してこないのは、小夜の恋の清々しさが胸をうつからかなと。
ところで、作者の上橋さんは今話題の「精霊の守り人」の作者でした。日本のファンタジー界では有名な人なのですね。作者名を覚えないタチなので、全然知りませんでした。「精霊の守り人」は読んだことがないのですが、この話を書いた人と同じなら、是非読まなければという気になりました。
『約束』 石田衣良
三日前に読んだばかりなのに、また昼休みに持っていってしまったのはこの本です。
短編集で、どれも要約すれば同じ話。何かにつまづいて歩みの止まったあるいは停滞していた人が、何かに出会ってまた歩き出す話。
要約してしまえばありがちで陳腐な雰囲気ですが、読めばそんなことはありません。苦しみや停滞、諦念の描写も、歩き出すときの心の高鳴りや強さの描写も、静かに心に染みてくるからだと思います。小説の登場人物と同じ経験をしたわけではなくても、同じような心の動きがあったときのことが、自然と思い出されました。
こんなふうに傷ついたことがあったなとか、なぐさめられたことがあったなとか、読んでいるとその場面に感情が同調していく。
昼休みに読んでいるのに、泣きそうになって困りました。電車とかでも読めない本です。
『ブルータワー』 石田衣良
脳腫瘍で余命宣告をされた男が、意識だけ遠い未来の見知らぬ男の体に入り込んだ。未来の世界は、ウイルスによって汚染され、地上では暮らせなくなっていた。高さ2キロメートルのタワーに押し込められた人類の状況は破滅寸前。現在と未来の体を、意識だけで行き来して、男は未来を救うために残された時間を使おうとする。
設定や展開に、色々突っ込みドコロはあるんですが、読んでいる最中は勢いに押されてあまり気になりません。死が間近に迫って、生きる気力をなくしていた主人公が、未来の悲惨な状況に奮い立つ、その心意気に同調して一気に読めます。悲惨な描写もあり、心が重くもなりますが、主人公だけじゃなく、みんなが「頑張ってる」のを、気持ちよく見ていける本。
ラストシーンはかなり強引かなと思いますが、清々しい終幕のためにそこはご愛敬で許すべきなのかも。
『ボクの音楽武者修行』 小澤征爾
世界の小澤が26歳のときに書いた本。
ヨーロッパに音楽の勉強をしに出かけて、指揮のコンクールで優勝し、ニューヨークフィルの副指揮者に就任するまでのお話。
文章が軽やかで、読んでいて本当に楽しいです。苦労しなかったはずはないのに、苦労のくの字もそこには見えない。実際、ご本人は何も苦労だとは思わなかったのかも。全編、音楽をやることの喜びにあふれています。
年をとってからの回想録ではなく、まだ若いときについこの前のことを書いたものだからこその、みずみずしさに、読んでいる方もうきうきわくわくできる、幸せな本ですね。